イギリスはなぜ、WW2で海外領土を失ったのか

1 :世界@名無史さん:2015/03/28(土) 11:52:28.88 0.net
ベトナムに関していえば、まさにファシスト・ドイツが無条件降伏したという知らせが入った後、ベトナム共産党は、
人民蜂起の準備を活発化し、その勝利がベトナムに自由をもたらしたのです。第二次世界大戦は、
人類の歴史に新しい時代を開いたと言ってよいでしょう。そして、その時代の特徴となったのは、ソ連の影響力の拡大と
アジア・アフリカ諸国民の独立を目指す戦いでした。」
http://jp.sputniknews.com/japanese.ruvr.ru/2012_09_02/86931349/

旧ソ連の核開発
1949年 8.29. セミパラチンスク核実験場で原爆実験に成功し、アメリカの原爆独占を終結させる
1953年 8.12. 水爆実験に成功
イギリスの核開発
1940年 原爆生産の可能性を検討する科学者委員会が設置される
1943年 アメリカのマンハッタン計画に参加
1946年 原子力研究所を設立し、独自の原爆開発計画を推進
1952年 10.03. オーストラリアのモンテベロ島で原爆実験に成功
1957年 5.15. クリスマス島で水爆実験に成功
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/Peace/J/pNuclear1_1.html

ソ連邦の核開発はイギリスよりも3年早く、アメリカの世界一極支配に終止符をもたらした。
ソ連の核兵器は一人の人間も殺すことはなく、世界平和に貢献した清潔な核兵器だった。
ソ連の戦争は祖国防衛戦争で世界を変えたが、イギリスの戦争はただの植民地戦争で影響力ゼロ。

 あ り が と う ソ 連 邦 !

2 :世界@名無史さん:2015/03/28(土) 11:57:20.73 0

イギリスはソ連の三倍もの援助を受け取っておきながら、しかも北アフリカでは
僅か3個師団のドイツ軍を相手にしていたに過ぎないのに、日中戦争も日米戦争も抱えて
四苦八苦してた大日本帝国に惨敗した理由を、ネタでもいいから述べてみてくれ。

           1941    1942   1943   1944    1945    Total
        (Mar. to Dec.)                (Jan. to Aug.)
Total aid to British
Commonwealth  1,082  4,757   9,376  10,766   4,437    30,073
Aid to Russia    20   1,376   2,436?  4,074   2,764    10,670
Aid to other countries                              2,872
Total lend-lease aid                               43,615
http://www.ibiblio.org/hyperwar/USA/BigL/BigL-5.html

Location Of German Divisions In June Of Each Year
Country      1941   1942   1943  1944
USSR        34     171   179   157
France, Belgium
& Holland      38     27    42    56
Norway & Finland 13     16    16    16
Balkans       7       8     17    20
Italy          0       0     0     22
Denmark       1       1     2     3
North Africa     2       3     0     0
http://www.angelfire.com/ct/ww2europe/stats.html

▼フランス展開部隊の実状
 ・フランスは東部戦線で疲弊した師団の休養・再編成地
 ・歩兵師団の多くは沿岸警備用師団か訓練師団
 ・第709師団の平均年齢36歳。対するアメリカの歩兵は平均年齢25歳
  →第一線の軍隊にとっては大きな差。
http://members.jcom.home.ne.jp/hartmann/page008.html

3 :世界@名無史さん:2015/03/28(土) 13:29:30.09 0

ブリカス(笑)

4 :世界@名無史さん:2015/03/28(土) 15:32:23.41 0

WWでは失ってないね。
インドの独立も1947年だったはずだし

5 :世界@名無史さん:2015/03/28(土) 20:30:11.94 0

インディアンとアボリジニを皆殺しにしたのがばれたからってフランス人が言ってたよ

6 :世界@名無史さん:2015/03/28(土) 21:36:55.73 0

ソ連圏は大きく拡大したのに、英連邦圏は解体されてしまった。スエズ運河も失われた。
ソ連の祖国防衛戦争とイギリスの植民地戦争の差が出たんだろう。

7 :世界@名無史さん:2015/03/29(日) 01:50:12.74 0

強欲非道のイギリスに罰が当たっただけ

8 :世界@名無史さん:2015/03/29(日) 07:52:10.59 0

大日本のおかげだな

9 :世界@名無史さん:2015/03/29(日) 18:05:35.58 0

ソ連圏の方が短命だった気も・・・

10 :世界@名無史さん:2015/03/29(日) 19:34:10.80 0

足算すらできないほど知能が低い民族だから

11 :世界@名無史さん:2015/03/31(火) 17:31:35.82 0

他国ばっかり説教して自分は何の保証も謝罪もしないから

12 :世界@名無史さん:2015/04/02(木) 21:46:20.04 0

If the United States stopped sending war materials to England, do you think England would lose the war?
Yes………………………….. 85%
No………………………….. 8
No opinion……………………. 7

1941年1月4日の世論調査では、米国がイギリスへの戦争物資援助を止めればイギリスは敗北するというのが多数意見。

If you were asked to vote on the question of the United States entering the war against Germany and Italy,
how would you vote — to go into the war, or to stay out of the war?
Go in………………………… 12%
Stay out………………………. 88

けれども米国がドイツイタリアと戦争すべきかというと、戦争は避けるべきというのが多数意見。

http://ibiblio.org/pha/Gallup/Gallup%201941.htm

1973年、第二次世界大戦を詳述するイギリスのテレビ・ドキュメンタリー・シリーズが放映された。
28編のエピソード中、わずか第3編と、第4編の一部しかロシア参戦に触れていなかった。
イギリスの視点からすれば、勝利は英米の勝利なのだ。
これはソ連政府には納得しがたかった。ソ連は自らのフィルム・アーカイブを欧米に提供した。
1978年に、一編48分、20編のシリーズがアメリカのドキュメンタリー・テレビ・シリーズとして、
バート・ランカスターのナレーションで放映された。ドキュメンタリーの題は“Unknown War”だ。
確かにプロパガンダ版で育った大半のアメリカ人にとっては知られざる戦争だった。
Unknown Warは、第二次世界大戦で、ナチス・ドイツはロシア戦線に敗北したことを全く疑いが
ないほど明らかに示していたので、アメリカ人にとって驚きだった。エピソード20編中、
“連合国”つまり英米と自由フランスが特集されているのは唯一第17編のみ。20編中の1編というのが、
ナチス・ドイツ打倒に対する欧米参戦貢献のほぼ正確な比率だ。
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/the-unknown-war.html

13 :世界@名無史さん:2015/04/06(月) 12:05:29.01 0

日本軍部は断じて狂信的に降参を拒否したのではなく、大陸打通作戦の大勝利を念頭に置いていたということだ。
太平洋戦争だけをみればいつ降参してもおかしくないくらいの惨敗続きだったが、大陸打通作戦の大勝利でカバーされたのだ。

終戦の報を聞いた支那派遣軍総司令官岡村寧次の言葉をここに記す。

>1945年になっても中国には支那派遣軍を弱体化させる事は出来ず、1945年のポツダム宣言受諾の際に
>支那派遣軍総司令官の岡村寧次は「百万の精鋭健在のまま敗戦の重慶軍に無条件降伏するがごときは、
>いかなる場合にも、絶対に承服しえざるところなり」と無条件降伏に反対した。
>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%99%B8%E6%89%93%E9%80%9A%E4%BD%9C%E6%88%A6

パンター戦車の相手は強力なソ連赤軍、97式中戦車チハの相手は弱小な中国軍。従って前者は連戦連敗ベルリン陥落、
後者は連戦連勝大陸打通3000キロ。ソ連の祖国防衛戦争はホンモノ、中国の抗日戦争はニセモノ。

このすがすがしい大陸打通作戦の輝く栄光の3000キロ勝利行軍を、いつまでもいつまでも語り継いでいこう!
このすがすがしい大陸打通作戦の輝く栄光の3000キロ勝利行軍を、いつまでもいつまでも語り継いでいこう!
このすがすがしい大陸打通作戦の輝く栄光の3000キロ勝利行軍を、いつまでもいつまでも語り継いでいこう!
このすがすがしい大陸打通作戦の輝く栄光の3000キロ勝利行軍を、いつまでもいつまでも語り継いでいこう!

14 :世界@名無史さん:2015/04/13(月) 23:01:30.49 0

ソ連信者はどこでも暴れててキモイなww

15 :世界@名無史さん:2015/04/19(日) 14:15:01.73 0

>>13
ただの二正面作戦じゃん

16 :世界@名無史さん:2015/05/01(金) 09:32:03.02 0

しかし英国とドイツ及びフランスで、英国の世論調査機関ICM Researchが
「スプートニ ク・オピニオン」プロジェクトの枠内で実施した調査によれば、
これら3か国の人々は、第二次世界大戦に関し正しい知識を有しているとは、到底言い難い。
調査国によっては、19 から24%の人々が、第二次世界大戦中の欧州解放において
鍵を握る役割を果たしたのは誰か という設問に答えられなかった。
例えばアンケート参加者のうちわずか 13%が、欧州の解放で重要な役割を果た
したのはソ連赤軍だと正しく答える事が 出来たにすぎない。ただドイツでは17% がそう答え、
他の国々よりは比較的高い 数字が出た。一方フランスでは、わずか 8%、英国では13%だった。
なお欧州の解放に最も重要な役割を果たしたのは米国だと考える人の数は非常に多く、
フランスでは61%、ドイツでは 52%に達した。英国では、この数は16% と低いが、
その代り46%が、英国軍の役割を一番に評価している。

世論調査結果 第2次世界大戦参戦国の国民 戦争におけるソ連の役割を知らず
http://jp.sputniknews.com/life/20150428/257120.html

17 :世界@名無史さん:2015/05/01(金) 13:08:46.43 0

赤軍がナチスドイツ軍を撃破した立役者なのは間違いないが、
赤軍の勝利が欧州の解放かどうかは別問題

18 :世界@名無史さん:2015/05/02(土) 14:57:56.47 0

 ゴルバチョフはペレストロイカの一環として、事実上の農地私有を認めようとしているが、
いくら個人所有になったからといって、農業技術の伝承は途絶えたうえに、気骨のある農民は
家族ぐるみ根だやしにされてしまっている。一部の商品作物の増産は可能かも知れないが、
肝腎の穀物増産は望み薄だろう。
 このようなスターリンの罪業が明らかになるたびに繰返される論法がある。いわく、
五ヵ年計画の輝かしい成功のためには多少の犠牲はやむをえなかった。いわく、スターリン時代の
重工業発展がなかったなら、ナチスの侵略によってさらに大きな犠牲が生まれただろう、云々。
 ブレジンスキーはこうした弁護に決定的な反証をつきつける。
 第一に、五ヵ年計画の成功は凡庸なものでしかなかったということ。20世紀初頭には同じような
レベルにあった日本やイタリアの方がはるかに少ない犠牲ではるかに高い経済成長を行なっているし、
決定的なことは、「一八九〇年から一九一四年にかけての帝政ロシア時代の方が、あれだけ大きな
犠牲をともなったスターリン時代よりも、高い経済成長を維持していた」。
 第二に、ドイツに経済復興と再軍備の余裕をあたえたのは、他ならぬスターリンだったということ。
ドイツの軍事技術の温存に重要な役割を果たしたラッパロ条約にはじまる両者の親密な関係は、
ポーランド分割を決めた独ソ不可侵条約の締結にまで発展する。ヒトラーはレーニンやスターリン
から多くの手法を学んでいるが、ソ連を事実上の協力者ともしていたのである。
http://www.horagai.com/www/book/rev/rev037.htm

19 :世界@名無史さん:2015/05/02(土) 21:57:34.09 0

ロシアのバイク集団、ポーランド入国拒否 ベルリンでパレード計画

【ベルリン=宮本隆彦】ロシアの国粋主義的なオートバイ愛好者集団が、旧ソ連がナチス・ドイツに勝利して
七十年の五月九日に向け、陸路でベルリンを目指すパレード走行を計画し、国際的な摩擦を起こしている。
背景にあるのはウクライナ危機をめぐるロシアとの対立。「夜のオオカミたち」を名乗るこのグループは
ロシアから西隣のベラルーシを抜け、ポーランド国境で入国を拒否された。

ポーランドは、グループの行動をプーチン氏に操られた「挑発行為」とみなし、
四月二十七日にベラルーシとの国境に着いた十人の入国を拒否。ドイツ外務省も
「入国後に法令を順守しない恐れがある」(報道官)として、入国を認めない方針を明らかにした

http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2015050202000124.html

20 :世界@名無史さん:2015/05/02(土) 22:04:20.13 O

植民地は失ったが、英連邦と言う緩い括りは維持した

それすら形骸化してきてはいるが

21 :世界@名無史さん:2015/05/03(日) 09:17:30.76 0

領海、領空はどうなん?

22 :世界@名無史さん:2015/05/05(火) 21:34:30.47 0

 ドイツは3つの戦線で戦い、いっぽうソ連はドイツとだけ戦っていた。連合軍が北アフリカ
と地中海に進出したことにより、ドイツ国防軍最高司令部は、もっとも精強な師団をスター
リングラードの戦いから引き抜かざるをえなかった。そもそもドイツが全方面で強力な軍事力
を発揮するのは無理だったのだ。北アフリカに上陸した英米連合軍は、スターリングラード
の戦いにも影響を及ぼした。また、シチリア上陸も、クルスクの戦い(戦車戦)に影響を与えた。
 ソ連のつくった初期のT−34戦車は、欠陥の塊で、戦場では全く信頼できなかった。
T−34戦車が真価を発揮したといえるのは、1944年初めから半ばにかけてのこと。
<第二次世界大戦・影の主役 著者ポール・ケネディ 出版  日本経済新聞出版社>
http://www.fben.jp/bookcolumn/2014/01/post_3864.html


これって、突っ込みどころ満載なんだけどwww

The break-down of German and Italian losses against American,
British, and French forces in the war in Europe follows:
      Battle dead Permanently disabled  Captured    Total
Tunisia     19,600      19,000          130,000    168,600
Sicily       5,000       2,000          7,100    14,100
Italy       86,000     15,000           357,089   458,089
Western Front 263,000   49,000       7,614,794   7,926,794
Total       373,600    85,000        8,108,983    8,567,583
http://www.ibiblio.org/hyperwar/USA/COS-Biennial/COS-Biennial-3.html

▼フランス展開部隊の実状
 ・フランスは東部戦線で疲弊した師団の休養・再編成地
 ・歩兵師団の多くは沿岸警備用師団か訓練師団
 ・第709師団の平均年齢36歳。対するアメリカの歩兵は平均年齢25歳
  →第一線の軍隊にとっては大きな差。
http://members.jcom.home.ne.jp/hartmann/page008.html

23 :世界@名無史さん:2015/05/07(木) 02:39:13.88 0

 ロシア人の多くは、ソ連は第二次世界大戦で、同盟国なしに勝利することが出来たはずだと考えている。
社会学者たちの調査によって明らかになった。 
 ユーリー・レヴァダ分析センターが実施した世論調査の結果によると、ロシア人の60パーセントが、
ソ連は第二次世界大戦で同盟国の援助なしに勝利できたはずだとの確信を示している。なお、回答者の32パーセントが、
それに反対の見解をとっている。
 1941年6月22日に行われたドイツの攻撃に関しては、回答者のおよそ半分が、ソ連指導部にとって予期しない
ものだったとの考えを表している。
 ロシアでは、第二次世界大戦開戦日の6月22日、「記憶と悲しみの日」が制定されている。全ロシア世論研究センター
はこの日を前に、第二次世界大戦参戦国の国民に対するロシア人の現在の見方について調査した。
 調査の結果、好感度が最も高かったのは、共に39パーセントを獲得したイタリア人とフランス人だった。続いて日本人、
英国人、ドイツ人、フィンランド人となっている。最も好感度が低かったのは、ポーランド人と米国人だった。
 全体的には、52−60パーセントのロシア人が、第二次世界大戦参戦国の国民に対して無関心であることが分かった。
http://jp.sputniknews.com/japanese.ruvr.ru/2011/06/22/52225119/

24 :世界@名無史さん:2015/05/07(木) 03:57:51.27 0

敵だったとしてもヘタリアに高感度が高いのは分かるが、
中国なんか反日全開なのに、ロシアはドイツに反感がそれほどないという違いの謎。

25 :世界@名無史さん:2015/05/07(木) 05:53:10.26 0

>>24
>中国なんか反日全開なのに、ロシアはドイツに反感がそれほどないという違いの謎

ナチスドイツとその愉快な仲間たちを撃破してベルリン入りを果たしたソヴィエト赤軍>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>( 越 え ら れ な い 壁 )>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>>>>>>>>大陸打通作戦でドツキ回された中国チンピラゴロツキ

26 :世界@名無史さん:2015/05/08(金) 19:45:41.98 0

>T−34戦車が真価を発揮したといえるのは、1944年初めから半ばにかけてのこと。
少なくとも1941年のトゥーラ戦線での撃退成功はT34にかなり負っているだろ。

27 :世界@名無史さん:2015/05/17(日) 13:47:22.75 0

英国 性産業に従事する大学生が多いのがなぜか?
http://news.infoseek.co.jp/article/xinhuaxia_69284/

女子大学生の3.5%が性産業に従事し、大学生の20%は性の仕事により、臨時収入を得たいと考えている。大学生の50%はこのやり方に賛成している。
娯楽施設でヌードショーを踊る女性の20%は大学生である。

英国では、身体引き換えに金銭を得て学費を支払う大学生は多い

28 :世界@名無史さん:2015/05/17(日) 21:53:10.45 0

第二次世界大戦の歴史を歪曲しているのは、日本ではなくて欧米のほうだ!

歴史的な記憶の部分的な欠落は、現代の若者が歴史に興味を持たない事、そして社会自体が若干の事実や
出来事にしかるべき注意を向けないことから生じている。ここで必要なのは、歴史的真実を尊重する事だ。
いかなる事実の歪曲も許してはならない。歴史の書き換えもダメだ。なぜなら偉大な多くの歴史的文書
が存在しており、それらが、歴史において最も恐ろしい戦争から前向きに抜け出す中で、ソ連が鍵を握る
役割を果たした事を証明しているからだ。
欧州人のほぼ60%が、ナチズムに対する軍事的勝利において決定的な役割を果たしたのは、米国と英国だと
見做している事は、恥ずかしい。これは先頃、英国とフランス、ドイツで、英国の世論調査機関ICM Research
が実施した調査による数字である。
http://jp.sputniknews.com/opinion/20150503/287417.html

この動画を見れば、ヨーロッパの戦いで決定的な役割を果たしたのはソ連であることはすぐにわかる。
欧米人ご自慢のDデイ(1944年6月6日)以前に、赤軍が何をどれだけ達成したのかを知るべきだ。
なお戦略爆撃がレンドリースがというのなら、同時期の日本軍の大陸打通作戦にも目を向けてもらいたい。
ソ連邦大祖国戦争と中国抗日戦争では、何がどう違うのかを比べてみるがいい。

「第二次世界大戦中のヨーロッパ戦線の変化が視覚的に理解できる動画」海外の反応
http://blog.livedoor.jp/drazuli/archives/6852050.html

29 :世界@名無史さん:2015/05/19(火) 17:00:18.02 0

29保守

30 :世界@名無史さん:2015/06/11(木) 21:47:25.79 0

 将兵と兵器を上陸地点まで運ぶため、特殊艦も数多く開発された。もっとも成功したのが戦車揚陸艦
(LST)であり、これは多くの点で第二次大戦でももっとも重要な舟艇となった。ウィンストン・チャーチルは後に、
連合軍のヨーロッパ大侵攻を計画した際に生じた問題について述べている。
「この困難な(戦略上の)問題は、すべてLSTの極度の不足というただ一点から発生している。
英米のニ大国の計画が一〇〇か二〇〇の特殊な船によってほとんど骨抜きにされ、制限を受けるなど、
歴史にその例を見ないであろう」
<日本殲滅 日本本土侵攻作戦の全貌 / トーマス・アレン/著 ノーマン・ポーマー/著 栗山洋児/訳

問題は、再びどのようにして十分な上陸用舟艇を確保するかであった。英米とも、「オ
ーバーロード」作戦と「アンヴィル」作戦(フランス南部への上陸作戦)を 1944 年中
頃に実施したいと考えていた。一方、チャーチルは、むしろ引き続きバルカン諸国や地
中海東部におけるドイツの弱体化を狙っており、連合国側について参戦するようトルコ
を説得した。それらのすべての作戦には上陸用舟艇が必要であった。ローズベルトは、
チャーチルが提案した地中海東部での作戦ではなく、「バッキャナー」作戦に上陸用舟艇
を使用することを希望した。しかし、チャーチルは、「アンヴィル」作戦にも上陸用舟艇
が必要なことをローズベルトに念押しして、オーバーロード/アンヴィルの両作戦を実
施する直前まで、地中海東部に上陸用舟艇を維持しておくのが理にかなった方法である
と主張した60。ここでもまた、欧州最優先の戦略によって、対日戦のための資源が他に
回されたのである。1943 年 12 月カイロにおいて開かれた英米首脳会談において、
チャーチルはローズベルトを説得して「 バッキャナー」作戦を中止させた。
http://www.nids.go.jp/event/forum/pdf/2002/forum_j2002_4.pdf

33 :世界@名無史さん:2015/06/23(火) 21:36:35.78 0

しかしこいつらシレっと正義側にいるのがなんだかなぁ・・・
日本とドイツという悪役がいなかったらどうなってたんだろ

35 :世界@名無史さん:2015/06/24(水) 20:31:22.63 0

社会的成功者にもサイコパスが多いように、独善的で冷酷・無慈悲な国民性の国のほうが成功しやすいんだろう。

38 :世界@名無史さん:2015/06/30(火) 10:45:17.69 0

表3−3 イギリス戦闘機兵団の戦力(7月9日/9月7日)
戦闘機群           機種別中隊数
     スピットファイア ハリケーン ブレニム デファイアント グラディエーター  計
第10群  2(4)   2(4)    (1)            (1)     4(10)
第11群  6(7)   13(14)   3(2)                 22(23)
第12群  5(6)   6(6)    2(2)    1(1)           14(15)
第13群  6(3)   6(8)    1(1)    1(1)           14(13)
 計   19(20)  27(32)   6(6)     2(2)      (1)     54(61)
(注) カッコ内の数字は9月7日の中隊数
(出典) Basil Collier.The Defence of United Kingdom,HMSO.1979
<前略>
 航空機生産省は、当面、ハリケーンとスピットファイアを優先して生産した。
生産量の六五%がハリケーン、三五%がスピットファイアであった。ちなみに、
全戦闘機のうちハリケーンは五五%を占め、スピットファイアは三一%であった。
(ただし、一九四〇年五月初めから一〇月末までの撃墜された戦闘機のほぼ四〇%
をスピットファイアが占め、ハリケーンが三三%ほどであったから、スピットファイア
のほうが撃墜されやすかったということになろう)。
<日本経済新聞社「戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ」107−108頁 >

Fighter Command Serviceable Aircraft as at 0900 hours,
13th September 1940
Blenheim – 51
Spitfire – 208
Hurricane – 393
Defiant – 18
Gladiator – 8
Total – 678
http://www.raf.mod.uk/history/campaign_diaries.cfm?diarymonth=9&diaryyear=1940&diaryday=13

39 :世界@名無史さん:2015/07/05(日) 02:40:55.48 0

 カーティン首相が英米の 「ドイツ第一主義」戦略を明確に批判したため、チャーチル英首
相は激怒した。しかし、 チャーチルは 1914 年にまったく同じ点に言及していたのである。
「英国軍が海上で粉砕された場合、太平洋地域に住む白人 500 万人に残された道は、米国
に保護を求めることである 6。」ローズベルト米大統領も不満であった。しかし、カーティン
にすればオーストラリアは自らの生存に意を配る必要があり、そのために米国に依存せざる
を得ないのであればそれは仕方のないことであった。真珠湾攻撃後、アジア・太平洋地域
の状況が急速に悪化する中、カーティンは 1942 年初めにチャーチルに宛てて、「シンガポー
ルからの撤退は許しがたい裏切り行為と見なす」 と書き送った。裏切り行為に対する非難は、
その後数十年にわたり繰り返された。
http://www.nids.go.jp/event/forum/pdf/2012/06.pdf

>カーティンは 1942 年初めにチャーチルに宛てて、「シンガポー
>ルからの撤退は許しがたい裏切り行為と見なす」 と書き送った。

ドイツ打倒が優先だからといって、対日戦はどうでもいいということにはならない。
中国はもちろんだが、イギリスとオーストラリアの関係も考慮されるべきなのだ。

海外「日本デカ過ぎだろ」 大戦中の世界の領土の変遷が分かる地図動画
http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-1451.html

ヨーロッパの戦いと比べてみると、1944年以降のドイツと日本の違いが大きいことがわかる。
ドイツはどこの戦線でも敗れたが、日本は大陸打通作戦で連戦連勝している。

43 :世界@名無史さん:2015/09/17(木) 23:12:51.66 0

グルカ兵が強い、というが正面の対独戦で何故イギリスはグルカ兵を使わず、
忠誠心に疑問のあるインド兵を使ったんだ?勿論降伏して自由インド軍になってる。

44 :世界@名無史さん:2015/09/17(木) 23:31:19.03 0

グルカ兵なんて主力にできるほど数が居ない

45 :世界@名無史さん:2015/09/17(木) 23:46:43.42 0

うんこ

49 :世界@名無史さん:2015/09/22(火) 09:09:28.85 0

インド+パキスタン+バングラディッシュのクソ人口を
ちっこいブリテン島が支配できることのほうがおかしいんだよ

55 :世界@名無史さん:2015/10/14(水) 16:31:29.48 0

19世紀にイギリス国内で小イギリス主義が既にあった。
戦争のおかげで勢いを増すことができた。

58 :世界@名無史さん:2015/10/18(日) 19:23:27.37 0

>>1
単純に、世界の制海権が大英帝国からアメリカ合衆国に移動したから。
植民地の維持は制海権の保持が大前提。それを失えば植民地も失うのが道理。

そもそも、そのアメリカ合衆国の誕生も、
18世紀末に、イギリスの制海権が一時的にフランス海軍によって脅かされた
ことが原因で発生したイベント。

59 :世界@名無史さん:2015/10/19(月) 22:58:20.86 0

 一九四四年二月の終わり頃、ふたりはウルム近郊のヘルリンゲンにあるロンメルの自宅で会い、
胸襟を開いて話し合った。
 東部戦線の陸軍高級将校のある者ったいが、ヒトラーを捕虜にしてラジオで引退を発表させるのはどうかと提案した、
と彼に話した〔市長はのちにそう語った〕。ロンメルはこの考えに賛成した。
 わたしはさらにつづけて、彼はドイツでもっとも偉大で人気のある将軍であり、国外でも彼ほど尊敬されている
ひとはいないと言った。「ドイツで内戦を防ぎうるのはあなたしかいない。あなたの名を、ぜひ運動にお貸しください」。
 ロンメルはためらっていたが、結局は肚を決めた。
「ドイツを救出するのがわたしの義務だと信じます」彼はシュトレーリンに言った。
<第三帝国の興亡5 ウィリアム・L・シャイラー 198頁>

 ああした来歴をもつ反共主義については事情はまったく違っていた。ゴーロ・マンは一九四五年五月のヒトラー・ドイツ
の降伏から四十周年にあたる一九八五年二月の「ツァイト」紙に寄せた文の中で、反共主義の狂気の投影がどれほど
深く戦後に入りこんでいるかについて次のように確認している。
「私に言い寄ろうとする、おそらくたいていは元ナチス党員だった人びとから、私はよく次のような問いを受けた。
<なぜ西側連合国は、ヒトラーの敗北がすでに確定していた一九四四年の晩冬に、“同盟の逆転”を実行し、
ヒトラーとその一味抜きのドイツ人と結んでロシア人と対決しなかったんですか>と。純粋に技術的に
はそのようなことは困難だったろうが、可能ではあった。というのはアメリカはかつてないほど無傷のままであり、
豊かであったし、ロシアは恐ろしいほど荒廃し疲弊しきっていたからだ。そのようなことを考えるのさえ不可能
だった原因は、心理的なもの、道徳的なものにあった。」
<「第二の罪」(ラルフ・ジョルダーノ 白水社)P230、231>

61 :枢軸敗戦に誘導:2015/10/20(火) 14:35:00.83 0

1940年6月、米英に人気の高かった、イタロ・バルボが不慮の死を遂げ、

1942年6月、山本五十六がミッドウェー作戦を強行して惨敗

1942年7月、エルヴィン・ロンメルがマルタ攻略作戦をキャンセルさせた(>_<)

62 :1945年夏、日本軍強し!!:2015/10/22(木) 11:11:23.07 0

大英帝国東南アジア方面軍はマレー方面進攻「ジッパー」作戦を企図し、
プーケット島攻略「ロジャー」作戦を、7月下旬に発動し、
7月24日、海域の機雷掃海を開始するも、掃海艇「スクァレル」が触雷沈没。
7月25日、約600名が上陸するも、日本軍守備隊に苦戦を強いられ、
7月26日、南方軍が派遣した陸軍特攻「七生昭道隊」の九七式戦闘機3機が艦隊を攻撃。
掃海艇「ヴェスタル」沈没、重巡「サセックス」及び護衛空母「アミール」が損傷して撃退された。

68 :世界@名無史さん:2015/10/23(金) 02:32:05.31 0

『戦史叢書 インパール作戦』p664-665

 これより先、日本軍第15軍主力によるインパール作戦が開始され、
コヒマは包囲され、インパールへの道は遮断された。日本軍が一気に
ディマプールへ突進して来れば、ディマプールを経由するスチルウェ
ル軍唯一の連絡線は危殆に瀕することになる。
 スチルウェル中将は敏感にこの危険を感じとり、ディマプール防衛
のために38師を反転させてその使用に供するであろうと強く申し入
れた。当時第38師はフーコン谷地をサズップ付近まで南下していた
ので、もしスリム中将がその申し出を容れていたら、フーコン作戦は
停頓していたであろう。
 スリム中将はこれを断り、現に雲南から逐次到着しつつある新来の
中国師団を併せ指揮して、できるだけ激しくミイトキーナに進撃する
よう要求した。
 スチルウェル中将は、スリム中将に対してその背後連絡線確保に関
する保障を求め、スリム中将は最悪の事態においても、10日以上連
絡線が遮断されることはないであろうと言明した。

71 :世界@名無史さん:2015/10/23(金) 20:58:06.68 0

>>63
さすがにビルマでの日本軍の悲惨な負けを擁護するのは無理がある。
最後のシッタン作戦とか、やばすぎるぞ
イギリス軍の戦死95に対し、日本軍13000という

太平洋戦争のどんな戦線でも、ここまでのキルレートで日本軍が負けた例はない
イギリス恐るべし

イギリスが植民地を失ったのは
ナチス相手に力を使い果たして、借金がひどくなり赤字植民地を維持できなくなったから

81 :世界@名無史さん:2015/10/25(日) 15:05:13.41 0

>>80
支離滅裂で、意味不明だが?

85 :世界@名無史さん:2015/10/25(日) 15:41:14.27 0

>>82
クソワロタwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
この調子でどんどん啓蒙活動してこうぜwwwwwwwwwwwwwww

91 :世界@名無史さん:2015/10/30(金) 00:25:43.72 0

>>1
第二次世界大戦後、英国やフランス本土はナチス第三帝国ことアドルフ・ヒトラーとの全面戦争で経済基盤はズタボロになった
それにより世界中にある植民地で「脱植民地化運動」が始まり、その動きは香港・マカオの中国返還にて終焉した。だが宗主国はどうしたかといえば・・・

「もういい。しゃあないから、国家主権だってくれてやる。独立だって認めてやる。
だがしかし植民地時代に獲得した各種権利(鉱業権・空港の発着枠等)は既得権益として旧宗主国の企業が支配権を極力固持する」

これが20世紀後半の英国やフランスの生き残り策です。
だからこそ英国やフランスは脱植民地化のダメージを必要最低限に留めることで世界の大国の一角に残ることができたんです。

だが、それができずにいつまでも植民地支配にこだわり続けたポルトガル、オランダにベルギーはといえば植民地地域で発生した独立戦争で国力を急激に消耗させて、
最終的に主権を放棄することを強いられました。最期には本国で革命をおこされたポルトガルに至っては自分の国も満足に治められないのに他国なんて治められるわけがない。
だから植民地はブラジル、アンゴラ以外マトモな国がほとんどない。 結果としてかつて植民地貿易で栄えたポルトガルは、今や韓国よりも貧乏な欧州最貧国になってしまいました

95 :世界@名無史さん:2015/11/13(金) 13:07:03.73 0

インドネシアはオランダじゃなかったっけ?

100 :世界@名無史さん:2015/11/20(金) 19:37:11.37 0

欧州歴史は白人以外の国からの搾取で成り上がった文明です。

自由平等博愛を謳いながら強制栽培制度を押し付けて
植民地の各種プランテーションから全てを搾り取る・・・・・

彼等からすれば白人以外は人間とすら観ていない
サル、ゴリラ、チンパンジーと同じ扱いというのは薄れたにせよ
未だに欧州各国人々の根底に有る筈です。

逆にそれの報いか、今や欧州は世界経済の中心ではなくなっています。 

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